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Recordings and audio recordings from 1890

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Recordings and audio recordings from 1890

1890年は、録音が研究室内の技術実験から、地域会社の事業、展示用の娯楽、コイン投入式機器、販売用カタログ、民族誌調査、初期円盤録音へと広がっていった年です。トーマス・アルヴァ・エジソン(Thomas Alva Edison, 1847–1931)のエジソン研究所(Edison Laboratory)では、1889年に始まった音楽シリンダー制作の流れが続き、ノース・アメリカン・フォノグラフ社(North American Phonograph Company)の地域会社制度のもとで、各地のフォノグラフ会社が録音の利用方法を模索しました。コロンビア・フォノグラフ社(Columbia Phonograph Company)は1890年に複数の広告・カタログ資料を出し、音楽シリンダーを商品として提示する動きを強めました。

同じ年には、録音を聴く場所と方法も変わり始めました。ルイス・グラス(Louis Glass, 生没年不明)とウィリアム・S・アーノルド(William S. Arnold, 生没年不明)によるコイン投入式フォノグラフの特許群は、硬貨の投入と聴取管、電気モーター、音路の開閉を結びつけ、録音を有料で聴かせる仕組みを具体化しました。エミール・ベルリナー(Emile Berliner, 1851–1929)のグラモフォン(Gramophone)は、蝋管とは異なる円盤形式と横振動溝を用いる方式として、1889年–1890年頃の小型円盤録音につながっていきます。ジョージ・ワシントン・ジョンソン(George Washington Johnson, 1846–1914)は1890年春に初期録音会社でテスト録音を行い、のちに初期録音産業を代表する黒人録音アーティストとして知られるようになりました。

また、ジェシー・ウォルター・フュークス(Jesse Walter Fewkes, 1850–1930)は、メイン州カレー(Calais, Maine)でパサマクォディ族(Passamaquoddy Tribe)の歌、物語、語彙を蝋管に記録しました。商業録音とは異なる領域でも、録音技術は民族誌調査や言語・文化の記録に使われ始めていました。1890年の録音史では、音楽を商品として販売する動きと、音声を調査・保存の対象として扱う動きが並行して進みました。

世界では、アメリカ合衆国(United States of America)でシャーマン反トラスト法(Sherman Antitrust Act)が成立し、ワイオミング州(State of Wyoming)が女性参政権を保ったまま州に昇格しました。ドイツ帝国(German Empire)ではオットー・フォン・ビスマルク(Otto von Bismarck, 1815–1898)が宰相を辞任し、日本では大日本帝国憲法(Constitution of the Empire of Japan)のもとで第一回帝国議会が開かれました。科学技術の面では、ハーマン・ホレリス(Herman Hollerith, 1860–1929)のホレリス式集計機(Hollerith Machines)が1890年アメリカ合衆国国勢調査(1890 United States Census)で用いられ、情報処理史の重要な一歩となりました。文化面では、ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー(Pyotr Ilyich Tchaikovsky, 1840–1893)のバレエ『眠れる森の美女(The Sleeping Beauty)』が初演され、アーサー・コナン・ドイル(Arthur Conan Doyle, 1859–1930)の『四つの署名(The Sign of Four)』が書籍として刊行されました。録音技術が音声を固定し始めた一方で、政治、産業、科学、文学、舞台芸術も大きく動いた年でした。

この年の確認されている録音:97件

1890年の録音史

1890年には、フォノグラフが発明品の実演や事務機械としての用途を越え、音楽、展示、娯楽、販売、調査、保存へと使われる場を広げていきました。ノース・アメリカン・フォノグラフ社の地域会社制度のもとでは、各地のフォノグラフ会社が録音済みシリンダーの供給や公開展示の方法を探り、コロンビア・フォノグラフ社は音楽シリンダーを商品として示すカタログ展開を進めました。

同じ年には、コイン投入式フォノグラフが録音を有料で聴かせる娯楽装置として具体化し、ベルリナーのグラモフォンは、シリンダーとは異なるグラモフォン円盤の可能性を示しました。ジョンソンの初期テスト録音や、フュークスによるパサマクォディ族の録音もこの年の動きに重なります。1890年の録音は、商業録音、展示、民族誌調査、初期円盤録音へと用途を分けながら、録音技術が社会の中で使われる範囲を広げていきました。

ノース・アメリカン・フォノグラフ社と地域会社制度

ノース・アメリカン・フォノグラフ社は、エジソン式フォノグラフとグラフォフォン(Graphophone)を地域会社に貸与し、各社がそれぞれの営業地域で機械を扱う仕組みを作りました。この制度は、当初は口述記録や事務用途を中心に想定されていましたが、実際には音楽、話芸、演説、公開展示などの娯楽利用にも広がっていきました。

1889年初頭から複数の地域会社が設立され、各社は地域ごとの営業権をもってフォノグラフ事業を進めました。しかし、機械の供給不足、操作の難しさ、故障、資金不足などが重なり、事務機械としての普及は容易ではありませんでした。こうした状況の中で、録音済みシリンダーを公開展示で聴かせる事業は、地域会社にとって重要な収益手段の一つになっていきました。

1890年の録音史では、この地域会社制度が重要な前提になります。録音は研究所や製造元だけで完結するものではなく、各地の地域会社が機械を動かし、聴衆を集め、録音済みシリンダーの需要を作ることで広がっていきました。地域会社制度は、録音を事業として扱うための初期の流通、展示、販売の枠組みを形づくりました。

第一回ローカル・フォノグラフ会社大会

1890年5月28日–29日、イリノイ州シカゴ(Chicago, Illinois)のオーディトリアム・ホテル(Auditorium Hotel)で、アメリカ合衆国ローカル・フォノグラフ会社第一回大会(First Annual Convention of Local Phonograph Companies of the United States)が開かれました。同大会の内容は、「フォノグラフ・アンド・フォノグラフ・グラフォフォン(Phonograph and Phonograph-Graphophone)」が報告し、フォノグラフ・プリンティング社(Phonograph Printing Co.)から『アメリカ合衆国ローカル・フォノグラフ会社第一回大会議事録(Proceedings of First Annual Convention of Local Phonograph Companies of the United States Held at Chicago, May 28 and 29, 1890)』として刊行されました。

大会には各地の地域会社関係者が集まり、フォノグラフ事業の運営、機械の扱い、営業地域、録音済みシリンダーの供給、展示事業の可能性などが話し合われました。地域会社制度は全国的な販売網として完成していたわけではなく、各社が実際の市場で機械をどのように使い、どのように収益化するかを探っている段階でした。

第一回ローカル・フォノグラフ会社大会は、1890年時点の録音事業が、発明者や製造元だけでなく、地域会社の運営によって形づくられていたことを伝えています。フォノグラフは事務機械として期待されながらも、音楽や話芸を聴かせる公開展示へと利用範囲を広げており、大会ではその転換期の実務的な課題が表面化しました。

1890年末の地域会社による自社録音容認

1890年末には、地域会社が自社で音楽シリンダーを録音する動きと、録音済みシリンダーの複製をめぐる問題が分かれ始めました。エジソンは、地域会社が演奏者を使って録音を作ること自体には反対しない一方で、複製シリンダーの製造については別の問題として扱っていました。

録音済みシリンダーの需要が増えるにつれ、各地の地域会社は、エジソン・フォノグラフ・ワークス(Edison Phonograph Works)やノース・アメリカン・フォノグラフ社から供給される録音だけでなく、地元の演奏者や話者を使った録音も必要とするようになりました。地域会社による自社録音は、各地の展示や販売に合わせた音源を用意する方法として広がっていきました。

一方で、同じ録音を複製して大量に供給する仕組みは、演奏者を使った録音とは別の技術的・事業的問題を抱えていました。1890年末の動きは、地域会社が市場に応じて録音を作るようになる一方で、複製シリンダーの製造と流通をどのように管理するかが、録音事業の大きな課題になっていたことを示しています。

コイン作動式フォノグラフと地域会社の娯楽市場

1890年5月27日、ルイス・グラスとウィリアム・S・アーノルドによるアメリカ合衆国特許第428,750号(United States Patent No. 428,750)とアメリカ合衆国特許第428,751号(United States Patent No. 428,751)が登録されました。前者はフォノグラフ用コイン作動式付属装置(Coin-Actuated Attachment for Phonographs)、後者はフォノグラフ用コイン作動付属装置(Coin-Actuating Attachment for Phonographs)に関する特許です。

これらの装置は、硬貨の投入、聴取管、電気モーター、音路の開閉を連動させ、利用者が料金を支払って録音を聴く仕組みを具体化しました。複数の聴取管を備える構造では、聴取者ごとに硬貨の投入が必要になるよう設計されていました。

コイン作動式フォノグラフは、録音を複製して販売するだけでなく、その場で有料聴取させる娯楽装置としての可能性を広げました。地域会社にとって、公開展示や有料聴取は、事務用途だけでは伸びにくかったフォノグラフ事業を収益化する手段になっていきました。

コロンビア・フォノグラフ社の1890年カタログ展開

コロンビア・フォノグラフ社は、1890年に複数の広告パンフレットやカタログを出し、音楽シリンダーを商品として示す動きを進めました。1890年2月7日付のカタログ付き広告パンフレット、6月15日付の広告パンフレット、10月1日付のアメリカ海兵隊楽隊(United States Marine Band)関連の案内、11月24日付と12月22日付のカタログが残されています。

これらの日付は、カタログや案内の発行日であり、掲載された音源の録音日をそのまま示すものではありません。それでも、同社が1890年を通じて録音済みシリンダーを宣伝し、販売用の音楽レパートリーとして整理していたことが分かります。

同社のカタログ展開は、フォノグラフを事務機械としてだけでなく、音楽を聴かせる商業媒体として扱う流れを強めました。地域会社制度の中で営業していた同社は、録音済みシリンダーを公開展示や販売に結びつけ、初期録音産業における音楽商品の形を具体化していきました。

初期シリンダー複製とエジソン研究所の制作体制

1890年のエジソン研究所では、1889年に始まった「Musical Cylinder Account」の流れを受け、音楽シリンダーの制作が続けられました。演奏者を呼び、同じ日に複数のシリンダーを録音する方法が用いられ、販売や展示に回すための録音が作られていきました。

この時期の録音済みシリンダーは、後年のレコードのように一つの原盤から安定して大量生産されるものではありませんでした。需要のある演目を供給するには、演奏者が繰り返し録音することや、複製用として使うための録音を別に用意することが必要でした。当時の録音台帳には複製用シリンダーに関わる記録も見られ、音楽シリンダーの制作は、実験だけでなく供給体制を伴う作業になっていきました。

録音済みシリンダーは商品として扱われ始めていましたが、その供給は演奏者、録音技師、機械の状態、シリンダーの品質に強く左右されました。1890年の音楽シリンダー制作には、録音を商品化するために、録音そのものを何度も作り直さなければならなかった時代の状況が表れています。

エジソン・トーキング・ドールと玩具用録音

エジソン・トーキング・ドール(Edison Talking Doll)は、人形の内部に小型の録音再生機構を組み込み、録音された声を玩具として聞かせようとした初期の商品です。アメリカ合衆国国立公園局(National Park Service)の資料では、デジタル化済みのエジソン・トーキング・ドール録音が8件確認されており、そのうち茶色ワックス円筒の録音は1890年2月–5月頃のものとされています。

これらの録音は、劇場や展示場で聴かせる音楽シリンダーとは異なり、家庭用玩具に声を与えるための録音でした。曲や演者を前面に出して販売された通常の音楽録音とは性格が異なりますが、録音を娯楽商品として家庭内へ持ち込もうとした点で、1890年の録音史において重要です。

TitleArtistMatrixCatalog No.
Twinkle, twinkle little star (Example 2)N/A
Little Jack HornerN/A
There was a little girlN/A
Twinkle, twinkle little star (Example 3)N/A
Now I lay me down to sleepN/A
Jack and JillN/A

ベルリナーのグラモフォンと初期円盤録音

ベルリナーのグラモフォンは、エジソン式フォノグラフのシリンダーとは異なり、円盤形式と横振動溝によって音を記録する方式でした。亜鉛板に音溝を刻み、酸によるエッチングや電鋳による複製を用いる考え方は、録音物を複製しやすい媒体として扱う発想につながっていました。

1889年–1890年頃の初期グラモフォン円盤は、後年の商業レコードのように整理された商品ではなく、実験、実演、小型円盤、玩具市場と結びついた録音でした。カンメラー・ウント・ラインハルト社(Kammerer and Reinhardt)は、ベルリナーの方式を使った小型円盤と手回し式の小型機をドイツ帝国で展開しました。

1890年のグラモフォン円盤は、エジソン式フォノグラフとは別の方向から録音の商業化を進める試みでした。アメリカ合衆国でグラモフォン円盤の本格的な市場化が進むのは1894年以降ですが、1890年を含む初期グラモフォン円盤には、のちの円盤レコード産業につながる技術的な方向性が表れていました。

ジョージ・ワシントン・ジョンソンの初期録音

ジョンソンは、1890年春にニューヨーク(New York)の初期録音会社でテスト録音を行ったとされています。録音されたとされる演目には、『ザ・ラフィング・ソング(The Laughing Song)』と『ザ・ホイッスリング・クーン(The Whistling Coon)』があります。

ジョンソンは、初期録音産業において重要な位置を占めるアフリカ系アメリカ人演者でした。当時は、一つの録音から安定して大量複製する技術が整っていなかったため、需要のある演目は演者が何度も録音し直す必要がありました。ジョンソンの録音活動には、初期録音産業における人気演目の反復録音、演者の労働、娯楽市場の需要が表れています。

1890年春のテスト録音は、後年に広く知られるジョンソンの録音活動の出発点にあたります。ジョンソンの初期録音は、録音産業の成立、演者の労働、19世紀末の大衆娯楽市場をあわせて伝える資料です。

ジェシー・ウォルター・フュークスの民族誌録音

フュークスは、1890年3月15日–18日にメイン州カレーで、パサマクォディ族の歌、物語、語彙を蝋管に記録しました。この一連の録音には、ピーター・セルモア(Peter Selmore, 生没年不明)やニューウェル・ジョセフス(Newell Josephs, 生没年不明)らが関わったとされています。

この一連の録音は、商業音楽や公開展示を目的とした録音とは異なり、民族誌調査と言語・文化の記録を目的として行われました。録音技術は、音楽を販売するための媒体としてだけでなく、人の声、語り、歌を保存する手段としても使われ始めていました。

フュークスの録音は、録音史の中で初期の民族誌録音として重要な位置を占めています。1890年の録音史には、都市部の娯楽市場や音楽シリンダーの展開だけでなく、パサマクォディ族の歌や語りを蝋管に残す試みも含まれていました。

Early recorded announcements

初期の録音では、演奏や朗読の前後に、題名、演者、録音の目的、制作元を声で告げるアナウンスが入ることがありました。ラベル、カタログ番号、マトリックス番号が十分に整備される前の録音では、こうした音声アナウンスが内容を識別する重要な手がかりになりました。

コロンビア・フォノグラフ社の関係する録音では、録音が同社のために作られたことをアナウンスで告げる例が見られます。『ラ・メディア・ノーチェ(La Media Noche)』のような録音では、題名、演者、制作元が音声の中で示され、録音そのものが出所を伝える役割も持っていました。

初期の録音アナウンスは、録音産業がまだ紙のラベルや整理番号だけに依存していなかった時期の特徴です。制作元を声で告げることは、録音の出所を伝えるだけでなく、録音済みシリンダーが商品として流通していく中で、内容や制作元を識別する役割も持っていました。

1890年に関わる録音

1890年に関わる録音には、録音年が1890年とされる音源、1890年頃と推定される音源、1889年–1890年や1890年–1895年のように1890年を含む推定年代で示される音源があります。初期の録音資料では、録音月日、録音場所、演者、マトリックス番号、カタログ番号がすべて揃っているとは限らず、資料ごとに年代の示し方も異なります。

録音日や録音月が確認できる音源は、各月の録音として整理できます。一方で、録音年のみが1890年とされる音源や、1890年を含む推定年代で伝わる音源は、年単位の記録として扱う必要があります。年代幅が広すぎて1890年または1890年代内の録音と確認できない音源や、家庭録音・私的録音で録音産業史上の位置づけが確認できないものは、1890年の録音としては扱いません。

1890年に関わる録音には、エジソン式フォノグラフのシリンダー、初期グラモフォン円盤、公開展示や販売用の音楽シリンダー、民族誌録音など、性格の異なる資料が含まれています。録音日が確定した音源と、推定年代で伝わる音源を分けることで、1890年の録音史をより正確に整理できます。

1890年の録音とされている音源

録音年が1890年とされるものの、録音月日までは確認できない音源です。いずれも初期グラモフォン円盤に関係する資料で確認できるものですが、録音場所、マトリックス番号、カタログ番号は資料上確認できません。後年の商業レコードのような整理番号体系が整う前の録音であるため、確認できる範囲に限定して掲載しています。

TitleArtistMatrixCatalog No.
The Lord's PrayerEmile Berliner
In the Sweet By and ByN/A

1890年春のテスト録音

ジョンソンは、1890年春にニューヨークの初期録音会社でテスト録音を行ったとされています。この時期の録音は、後年の市販録音のように録音日、録音場所、マトリックス番号、カタログ番号が整理されているわけではありませんが、ジョンソンの録音活動が始まる重要な時期にあたります。

この録音とされる演目には、『ザ・ラフィング・ソング』と『ザ・ホイッスリング・クーン』があります。後年に広く知られる録音個体とは区別し、ここでは1890年春のテスト録音として扱います。

TitleArtistMatrixCatalog No.
The Laughing SongGeorge W. Johnson
The Whistling CoonGeorge W. Johnson

Music presumed to be recorded in 1890 (ca. 1890)

録音年が1890年頃とされるものの、録音月日までは確認できない音源です。ベルリナーの初期グラモフォン円盤に関わる録音として伝わっており、録音場所、マトリックス番号、カタログ番号は確認できません。

この時期のグラモフォン円盤は、後年の商業レコードのように番号体系や発売情報が整った録音ではなく、実験、実演、初期の商品化が重なった段階の資料です。録音年は確定年ではなく、資料上示される推定年代として扱います。

TitleArtistMatrixCatalog No.
Twinkle, Twinkle, Little StarEmile Berliner

1889年–1890年とされる初期グラモフォン円盤

1889年–1890年とされる初期グラモフォン円盤には、録音月日が確認できないものの、1890年を含む推定年代で伝わる音源があります。これらは、ベルリナーのグラモフォンが実験、実演、小型円盤、初期の商品化のあいだにあった時期の録音です。

TitleArtistMatrixCatalog No.
Die Wacht am RheinN/A
PostN/A
GasparoneN/A
Loreley [choir]N/A
Der Kampf mit dem DrachenN/A
HandschuhN/A
Bier WalzerN/A
Loreley [tenor]N/A
Vater unserN/A
BürgschaftN/A
Thou Knowst My Pretty DamselN/A
VariationenN/A
Loreley [instrumental quintet]N/A
Lord’s PrayerN/A
Numbers, Days of the WeekN/A
We Don’t Want to FightN/A
For YouN/A
Heil Dir (God Save the Queen)N/A
Des Deutschen VaterlandN/A
CrambambuliN/A
SoldatenliedN/A
Twinkle, Twinkle, Little StarN/A
Mary Had a Little Lamb / Humpty DumptyN/A
Alfred JonesN/A
Der alte DessauerN/A
BoccaccioN/A
FreischützN/A
GlockeN/A
Glocke IIN/A
ThierstimmenN/A
Gaudeamus igiturN/A
Österreichische KaiserhymneN/A
Ach, wie ist’s möglich dann?N/A
PosauneN/A
Jack and Jill / Tom, Tom, the Piper’s SonN/A
Simple SimonN/A
Old Uncle NedN/A
Grandfather’s ClockN/A
Gigerl MarschN/A
HohenfriedbergerN/A
TrommelN/A
ProphetN/A
So wie duN/A
Je regardais en l’air, from “Les Cloches de Corneville”N/A
Morning HymnN/A
Lobe den HerrenN/A
ThierstimmenN/A
SignalN/A
DeutschlandN/A
Stille Nacht (Silent Night)N/A
SprücheN/A
Weißt du, wie viel Sternlein stehenN/A
Vater unser [version 2]N/A
Marsch No. 1N/A
VarianteN/A
Es ist bestimmtN/A

1890年–1891年とされる初期録音

1890年–1891年とされる初期録音には、録音月日を特定できないものの、1890年を含む推定年代で伝わる音源があります。演奏者や演目が確認できるものもありますが、録音場所、マトリックス番号、カタログ番号は確認できません。

これらの音源は、1890年単年の確定録音ではなく、1890年を含む推定年代の録音として位置づけられます。初期録音では、録音年が幅をもって伝わる例が多く、録音日が未詳のまま残された資料も少なくありません。

TitleArtist
Di quella piraDmitry Andreevich Usatov
La Media NocheUnited States Marine Band
An Irishman's PerplexityMrs. McCormick
The Third Verse of Mary and John, or, The Lovers' QuarrelWill White

1890年–1895年とされる初期グラモフォン円盤

1890年–1895年とされる初期グラモフォン円盤には、録音月日を特定できないものの、1890年を含む推定年代で伝わる音源があります。これらは、ベルリナーのグラモフォンが実験や実演の段階から、初期の商品化へ向かっていた時期の録音です。

この時期の初期グラモフォン円盤では、演者名、録音場所、マトリックス番号、カタログ番号を確認できないものが多く残されています。

TitleArtistMatrixCatalog No.
A Little Ship Was on the SeaN/A
The North WindN/A
Father WilliamN/A
Old King CoalN/A
By thy cold breast (Byron's “Manfred”)N/A
Rule, Britain!N/A
Blue Bells of ScotlandN/A
Auld Lang SyneN/A
Who Killed Cock Robin?N/A
Sing a Song of Sixpence / Oh, Carry Me BackN/A
Old Mother HubbardN/A
We don't want to fight [version 2]N/A
Wot Cher!N/A
Ta-ra-ra Boom-de-ay!N/A
Jägers AbschiedN/A
Le Corbeau and le RenardN/A
La MarseillaiseN/A
Le Père la VictoireN/A
La BoiteuseN/A
ProverbsN/A
Home! Sweet Home!N/A
Long, Long AgoN/A
In the Sweet By-and-ByN/A
Hark! The Herald Angels SingN/A
Pilgrims' Chorus, from ’Tannhäuser“N/A
HobelliedN/A
Numeri, La Settimana, Le MesiN/A
Lena, la bella LenaN/A
Fra DiavoloN/A
I Due Ladri e l'AsinoN/A
La RondinellaN/A
Willow Tit-Willow, “from The Mikado”N/A
The Flowers that Bloom, from “The Mikado”N/A
Whist! The Bogie ManN/A
Numeros, Dias, MesesN/A
El CredoN/A
Versos y CantoN/A
Me Gustan Todas / Aroro Mi NenaN/A
God Save the Queen!N/A
God Bless the Prince of WalesN/A
GramophoneN/A
Alfred Jones [version 2]N/A
GesängeN/A
Czarenlied, from “Czar und Zimmermann”N/A
Sing a Song of Sixpence [3-in doll disc]N/A

1890年代の録音で年が不明な音源

1890年代の録音とされるものの、1890年–1899年のどの年に録音されたかを特定できない音源です。録音年が「189-」や「189-?」のように示される資料があり、1890年代内の録音として伝わっています。

TitleArtistMatrixCatalog No.
“Thoughts of home” polka played by Issler's OrchestraIssler's Orchestra
Baritone vocal solo by Carmi VaughnCarmi Vaughn
Choral musicVaughn family
members
Mandolin and guitar duet: Dixie and Yankee DoodlePaul Kline
Arthur Vaughn
Gems of Ireland quadrilleBanta's Popular Orchestra
Dancing in the kitchenBanta's Orchestra
Angel's serenata (Serenata)Metropolitan Orchestra
St. Patrick's DayJ.W. Gulley
La fille de Madame Ohngo (Fille de Madame Angot)
[quadrille]
N/A
[Waltz music]N/A
Sambre et MeuseN/A
Fille du régiment[Selections; arranged]N/A
Deacon went astrayDan W. Quinn
Just say goodbye againGeorge Gaskin
Cross roads of lifeHerbert Holcomb
PalmsHerbert Holcomb
La-didily-idily-umti-umti-ayDan W. Quinn
Gayest Manhattan marchRuby Brooks
Carnival of VeniceCharles P. Lowe
Whisper your mother's nameDan W. Quinn
And the parrot saidDan W. Quinn
Salley in our alleyN/A
[Vocal solo, with organ accompaniment]Grace Marvin
[Vocal solo: “Tyrolienne comedie”]Bravo Messieur
Victor Lejal
[Unidentified male vocal solo]N/A
[Banjo solo by unidentified performer of unidentified selection]n/a
[Banjo solo (title unknown)]n/a
[Trovatore. Miserere]Cornet and euphonium duet
My silly old tuneEdison Male Quartet
Playing on the golden harpLen Spencer

Goureau's "phonogramic album"“

ジョージ・エドワード・グーロー(George Edward Gouraud, 1842–1912)の周辺には、1888年から1891年頃にかけて作られた “phonogramic album” と呼ばれる録音群があります。これは、フォノグラフを使って声や音楽を記録し、人物、出来事、展示、通信、記念のために残そうとした初期録音のまとまりです。

グーローは、エジソンのフォノグラフをグレートブリテン及びアイルランド連合王国(United Kingdom of Great Britain and Ireland)で紹介し、ロンドン(London)郊外のリトル・メンロ(Little Menlo)を拠点に録音の実演や保存に関わりました。 “phonogramic album” には、著名人の声、演奏、朗読、メッセージなどが含まれており、録音を実験や娯楽だけでなく、声を残す記念媒体として扱う考え方が表れています。

1890年に関わる録音史の中で、この録音群は商業用カタログとは異なる位置にあります。録音月日や録音年がすべて明確に整理されているわけではありませんが、1880年代末から1890年代初頭にかけて、フォノグラフが人の声や演奏を記録し、後世に伝える媒体として受け止められていたことを示しています。

Gouraud's "phonogramic album" (circa 1888–1891)
This book analyzes Gouleau's "phonogramic album" from the perspective of early recording history. It organizes Little Menlo's phonograph recordings, including audio messages, readings, speeches, musical recordings, and voices of notable figures from around 1888–1891.

Ruben Collection

ゴットフリート・モーゼス・ルーベン(Gottfried Moses Ruben, 1837–1897)に関わるルーベン・コレクション(Ruben-samlingen)には、1889年–1897年にかけてデンマーク王国(Kingdom of Denmark)で作られた初期録音が含まれています。同コレクションは、エジソン式フォノグラフの初期使用例を伝えるワックスシリンダー録音群であり、商業カタログに整理された音楽シリンダーとは異なる性格を持っています。

ルーベン・コレクションには、演奏、歌唱、話芸、実演用の録音などが含まれています。これらの録音からは、録音技術がデンマーク王国でどのように紹介され、実演され、保存されていったかを知ることができます。録音年が1890年と確認できるものだけでなく、1889年–1897年の範囲で伝わる録音も含まれており、19世紀末の初期録音資料として重要です。

同コレクションは、録音が販売用の商品としてだけでなく、実演、記録、保存の対象として扱われていたことを示しています。アメリカ合衆国の地域会社制度やベルリナーのグラモフォン円盤とは別の流れにある録音群として、1890年前後の録音文化を考えるうえで重要な資料です。

Ruben Collection
The Ruben Collection (Ruben-samlingen) consists of early wax cylinder recordings produced in Denmark between 1889 and 1897. Based on materials held by the Royal Danish Library, this document organizes the recording list, chronological range, and public access status.

1890年の録音を含む現存コレクション

1890年に関わる録音は、単一の会社カタログだけでなく、複数の現存コレクションを通じて確認できます。アメリカ議会図書館(Library of Congress)の「エミール・ベルリナーと録音産業の誕生(Emile Berliner and the Birth of the Recording Industry)」には、ベルリナーの初期グラモフォン円盤に関わる資料が含まれています。また、同館の「アンサストラル・ヴォイシズ(Ancestral Voices)」では、フュークスによるパサマクォディ族の民族誌録音が、現代の保存・公開・共同管理の文脈で扱われています。

エジソン白蝋シリンダー・コレクション(Edison white wax cylinders collection)には、エジソン研究所や初期フォノグラフ事業に関わる録音資料が含まれています。これらの資料は、販売用音楽シリンダー、展示用録音、複製用録音、民族誌録音、初期グラモフォン円盤が、1890年前後に並行して存在していたことを示しています。

現存コレクションを確認することで、録音そのものだけでなく、録音がどのように保存され、どの資料群の中で説明されてきたのかも分かります。録音日や録音年が未詳の音源を整理するうえでも、こうしたコレクションは重要な手がかりになります。

アメリカ議会図書館のベルリナー資料

アメリカ議会図書館の「エミール・ベルリナーと録音産業の誕生(Emile Berliner and the Birth of the Recording Industry)」には、ベルリナーのグラモフォン、初期グラモフォン円盤、関連文書、写真、技術資料が含まれています。1890年に関わる録音を考えるうえで、シリンダーとは異なる円盤形式の録音がどのように試みられ、のちの円盤レコード産業につながっていったのかを知る手がかりになります。

同コレクションでは、ベルリナーのグラモフォンが、録音の複製や流通を意識した技術として展開していく過程をたどることができます。1889年–1890年頃の初期グラモフォン円盤は、後年の商業レコードのように整理された商品ではありませんでしたが、音を円盤に記録し、再生し、複製可能な媒体として扱う方向性を示していました。

1890年の録音史では、エジソン式フォノグラフのシリンダーと、ベルリナーのグラモフォン円盤が並行して存在していました。アメリカ議会図書館のベルリナー資料は、二つの録音方式が異なる技術思想と事業展開を持っていたことを伝える資料群です。

アメリカ議会図書館のアンサストラル・ヴォイシズ

アメリカ議会図書館の「アンサストラル・ヴォイシズ」には、フュークスが1890年3月15日–18日に記録したパサマクォディ族の民族誌録音が含まれています。この録音群は、歌、物語、語彙を蝋管に残したもので、録音技術が商業音楽や公開展示だけでなく、言語や文化を記録する手段としても使われていたことを伝えています。

同コレクションでは、パサマクォディ族の録音が、歴史的音源としてだけでなく、保存、公開、共同キュレーションの対象として扱われています。録音された声や歌は、19世紀末の民族誌調査の資料であると同時に、関係するコミュニティの文化的な記憶とも結びついています。

1890年の録音史では、音楽シリンダーやグラモフォン円盤の商業化と並行して、録音技術が人の声、言語、歌を保存するためにも使われていました。「アンサストラル・ヴォイシズ」は、録音が市場のためだけでなく、文化の記録と継承に関わる媒体でもあったことを伝える現存コレクションです。

Edison White Wax Cylinder Collection

エジソン白蝋シリンダー・コレクション(Edison white wax cylinders collection)には、エジソン研究所や初期フォノグラフ事業に関わる録音資料が含まれています。白蝋シリンダーに残された録音は、1880年代末から1890年代初頭にかけての録音実験、展示、音楽シリンダー制作の状況を伝えています。

同コレクションに含まれる録音は、後年の市販レコードのように録音日、演者、題名、番号体系がすべて整理されているわけではありません。それでも、録音済みシリンダーがどのように作られ、保存され、後世に伝わったのかを知る重要な手がかりになります。

1890年前後のエジソン関係資料では、録音技術がまだ安定した大量複製の段階に達しておらず、実演、展示、販売、複製用録音が重なり合っていました。エジソン白蝋シリンダー・コレクションは、初期シリンダー録音が商品、実験資料、保存資料のあいだにあった時期の姿を伝えています。

1890年の録音に関する情報のまとめ

1890年の録音は、単一の会社や方式だけで説明できるものではありません。エジソン式フォノグラフのシリンダー、ベルリナーのグラモフォン円盤、地域会社による公開展示や販売、民族誌調査のための蝋管録音が並行して存在していました。録音はまだ安定した大量複製の商品ではなく、実演、展示、販売、調査、保存のあいだで用途を広げていました。

ノース・アメリカン・フォノグラフ社の地域会社制度、コロンビア・フォノグラフ社のカタログ展開、コイン作動式フォノグラフの特許、エジソン研究所の音楽シリンダー制作は、録音を事業として扱う基盤を形づくりました。一方で、ベルリナーの初期グラモフォン円盤は、シリンダーとは異なる媒体と複製の方向性を示し、後年の円盤レコード産業につながっていきました。

ジョンソンのテスト録音や、フュークスによるパサマクォディ族の民族誌録音は、1890年の録音史が商業音楽だけに限られなかったことを示しています。録音は音楽を商品として届ける手段であると同時に、人の声、語り、歌、言語、文化を記録する手段としても使われ始めていました。1890年は、録音技術が複数の用途へ広がり、後の録音産業と録音文化の土台が形づくられていった年でした。

References