1889年に録音された音楽
1889年は、帝国や国家の制度が組み替えられる一方で、都市の娯楽と情報流通がいっそう「大量複製」に近づいた年でした。ヨーロッパではフランス第三共和政(French Third Republic)がフランス革命100年を意識したパリ万国博覧会(Exposition Universelle)を開催し、ギュスターヴ・エッフェル(Gustave Eiffel, 1832–1923)らが建設したエッフェル塔(Eiffel Tower)が近代技術の象徴として都市景観に刻まれます。
同じ年、ドイツ帝国(German Empire)では三皇年(Year of the Three Emperors)を経てヴィルヘルム2世(William II, 1859–1941)が即位し、国家の意思決定が個人の継承と密接に結びつく時代の緊張感が強まっていきます。労働と政治の結節点も動き、社会主義運動の国際的連携として第二インターナショナル(Second International)がパリで結成され、グレートブリテン及びアイルランド連合王国(United Kingdom of Great Britain and Ireland)ではロンドン・ドック・ストライキ(London dock strike of 1889)が起き、都市を支える労働が可視化されました。アメリカ合衆国(United States of America)では社会改革の現場としてジェーン・アダムズ(Jane Addams, 1860–1935)とエレン・ゲイツ・スター(Ellen Gates Starr, 1859–1940)がシカゴにハル・ハウス(Hull House)を開設し、移民都市の生活問題に取り組む拠点が生まれます。また、同国ではオクラホマ土地競走(Land Run of 1889)が行われ、開拓と人口移動が短期間に都市を出現させるダイナミズムを示しました。
政治地図も変化し、ブラジル帝国(Empire of Brazil)ではペドロ2世(Pedro II, 1825–1891)が退位に追い込まれ、デオドロ・ダ・フォンセカ(Deodoro da Fonseca, 1827–1892)らによるブラジル共和国宣言(Proclamation of the Republic (Brazil))で共和政へ移行します。日本では明治天皇(1852–1912)の下で大日本帝国憲法(Constitution of the Empire of Japan)が発布され、近代国家としての統治枠組みが条文の形で固定されていきます。さらに市制・町村制が施行され、行政単位の整備が進むことで、都市生活を前提とする教育・交通・娯楽の基盤も整えられていきました。災害は近代都市の脆さも照らし、アメリカ合衆国ではジョンズタウン洪水(Johnstown Flood)やシアトル大火(Great Seattle Fire)が大きな被害をもたらしますが、こうした出来事は新聞や写真を通じて広域に共有され、同時代の人々の「同じ出来事を同じ情報で経験する」感覚を強めました。1889年は、国家制度の成文化、労働と都市の再編、災害報道の拡散、そして万国博覧会に象徴される技術の見世物化が同じ年に重なり、のちに音楽や娯楽が記録・複製・流通される土壌を世界各地で厚くしていく年でもありました。
この年の確認されている録音:1,607曲
1889年前後に録音された可能性のある音源(録音年・日付不確定)
ここでは、一次資料や研究論文で「c. 1888–1889」「c. 1889–1890」「1890ごろ」などとされ、1889年に録音された可能性がある音源を参考情報としてまとめます。年や録音日は諸説あるため、月別ページや年間曲数(1,503曲)には含めず、「1889年前後の候補」として別枠で扱います。
1889年に録音された可能性がある曲:5曲
Edison Exhibition Recordings(三つのデモ円筒, 1888–1889)
| Title | Artist |
|---|---|
| Around the World on the Phonograph | n/a |
| The Pattison Waltz | n/a |
| Fifth Regiment March | n/a |
エジソンが改良型フォノグラフを披露するために制作した3本のデモ円筒「Around the World on the Phonograph」「The Pattison Waltz」「Fifth Regiment March」は、米国議会図書館の解説で録音年を1888–1889年とする「Edison exhibition recordings」として一括して扱われています。個々の録音日までは一次資料が残っていないため、MOPMでは「録音年:1888–1889ごろ(1889年の可能性あり)」という形で、確定年とは別枠の参考情報として掲載します。
Hungarian Melody / エマーヌエル・モール(1889年末ごろ, 日付推定)
| Title | Artist |
|---|---|
| Hungarian Melody | Emánuel Moór |
テオドール・エドゥアルト・ワンゲマン(Theodor Edward Wangemann, 1855–1906)が欧州巡回中に録音した「Hungarian Melody」は、米国国立公園局の解説でエマーヌエル・モール(Emánuel Moór, 1863–1931)によるピアノ演奏とされ、「1889年9〜12月ごろに録音」と推定されています。正確な日付が一次資料からは確定できないため、MOPMでは録音年を1889年に含めつつ、「録音年:1889年(9〜12月ごろ・推定)」として別枠に整理します。
無題ヴァイオリン&ピアノ録音(Krahmer / Schmalfuß?)
| Title | Artist |
|---|---|
| n/a | Krahmer Schmalfuß? |
ワンゲマン欧州録音の一つである無題のヴァイオリン&ピアノ作品は、国立公園局の資料で「録音日不明(1889年9月13日の可能性あり)、場所はベルリンのジーメンス&ハルスケ工場か」と推定されています。曲名や演奏者、録音日がいずれも推定レベルにとどまるため、MOPMでは録音年を1889年ごろとし、「1889年前後に録音された可能性のある音源」として別枠に整理します。
The Fifth Regiment March(Issler’s Orchestra)
Issler’s Orchestra による『The Fifth Regiment March』は、エジソン研究所のWalter H. Millerがウェスト・オレンジ周辺で録音したとされる行進曲メドレーで、エジソン国立歴史公園の資料では録音日が「c. March 1889(1889年3月ごろ)」とされ正確な日付は特定されていません。1889年録音であることはほぼ確実ですが、同じくExhibition Recordingsとして1888年の「Perfected Phonograph」登場と結び付けて語られるため、1888年前後の境界的な音源としてまとめておくのが自然だと考えられます。
| Title | Artist |
|---|---|
| The Fifth Regiment March | Issler’s Orchestra |
グルーオーの “phonogramic album”(1888–1891頃)
グルーオーの “phonogramic album”(1888–1891頃)は、ジョージ・エドワード・グルーオー(George Edward Gouraud, 1842–1912)がロンドンやヨーロッパ各地で行った最初期の蝋管録音群と、「世界の偉人たちの声」を集めるアルバム構想をまとめて指す呼称です。MOPMでは1888〜1891年頃の関連録音をこの枠組みで整理し、録音一覧と背景解説を専用ページに掲載しています。
ルーベン・コレクション(Ruben-samlingen)
ルーベン・コレクション(Ruben-samlingen)は、ゴットフリート・モーゼス・ルーベン(Gottfried Moses Ruben, 1837–1897)がコペンハーゲンで1889年から1890年代半ばにかけて制作した、デンマーク最初期の蝋管録音群です。1889年から1890年代半ばまでに録音された蝋管をMOPMではまとめて「ルーベン・コレクション」として整理し、録音一覧を専用ページに掲載しています。
